若手バンカー社会派への道

28歳地方銀行員が、斜陽産業の中で自分の価値を磨くための雑記帳。

北京に一人旅をした理由、感じたこと(前編)


1月10日~13日まで、中国の北京に旅行に行ってきました。

海外への一人旅は初めての経験です。

 

なぜ、北京に行ったのかというと、

  1. 古代から現在まで、(ごくわずかの期間を除いて)東洋世界の中心である国の首都に行ってみたかったから。
  2. 中国から日本には年間約800万人の観光客が来ている(2018年、政府統計より)。つまり、日本に対して何らかの興味を抱いている筈であり、中国になくて、日本にあるものは何かを知りたかった。
  3. 中国の抱える問題(ウイグルチベット、香港など)、国際的プレゼンスの増大(一帯一路構想)が、国内でどのように扱われているのかを知りたかった。
  4. QRコード決済に代表されるIT化の進展度合いと、一方で指摘される監視社会がどのようなものか知りたかった。
  5. 大学時代に履修していた中国語がどれくらい通じるか試したかった。
  6. 本場の中華料理を食べたかった。

以上です。

私の過去の海外渡航歴は、古い順からNZ(中3)、韓国(大学2)、イタリア(大学2)、米国(NY、大学3)、台湾(大学4)、マレーシア&シンガポール(2017年)と、一般的。いずれも所謂西側諸国であり、社会主義圏に行くのは初めてだったので若干の不安はありました。

結論から言うと、北京は思っていたより清潔で、人々は穏やかで親切、食事は日本人の口にも合い、観光する見どころも多く、物価は日本の半分程度、という旅行するのに大変おすすめの場所でした。

 

1.古代から現在まで、(ごくわずかの期間を除いて)東洋世界の中心である国の首都に行ってみたかったから。

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天安門から紫禁城へと入る人々

紫禁城天安門広場に行ってきました。ザ・中心。

まず、天安門広場に入るのに手荷物検査と身分証明書の提示を求められるので、通過に30分ほどかかります。さらに、紫禁城の入場時にも同様の検査とチケットの提示が必要です。チケットは事前にインターネットで購入しておいたのですが、購入時にパスポート番号を入力したら、検査時にはチケットのQRコードスマホの画面上に出す)を見せなくても、パスポート検査だけで通れました。便利ではありますけど、監視社会の一端を見ました。

紫禁城の見事さや大きさについては言うまでもなく、大変見事なものですが、あれだけの規模の施設を維持修繕する資金力と、これを国家のシンボルと位置づけている(=現政府をかつての王朝と重ね合わせている)ということに気づき少し怖くなりました。

入り口で借りることができる日本語の音声ガイドは、GPS内蔵で、各施設に近づくと勝手に説明を始めてくれるので便利です。

少し意外だなと思ったのは、現在の紫禁城は大部分が清代に建築されたものであり、満州族であった清朝のテイストが随所に残っています。例えばこの看板などは、漢字と満州文字が併記されています。

漢民族の復興を掲げる現政権のことなので、何となく隠してしまいそうですが、貴重な文化財なのでそのまま残しているのでしょうか。『地球の歩き方』によると、袁世凱辛亥革命後に皇帝を名乗って紫禁城に住んだ際には、結構満洲テイストのものは取り除かれたそうです。

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漢字と満州文字が併記された看板

今回は行きませんでしたが、紫禁城の周囲には皇帝の庭である頤和園という超広大な庭園もあり、かつての帝国の栄華を思わせるには十分でした。また、現政権もこの城の守護者として君臨しており、かつての威容の正当な継承者であるぞ、と主張しているようにも感じられました。

 

2.中国から日本には年間約800万人の観光客が来ている(2018年、政府統計より)。つまり、日本に対して何らかの興味を抱いている筈であり、中国になくて、日本にあるものは何かを知りたかった。

 

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王府井大街の歩行者天国

→北京の繁華街を3つ歩きました。1つ目は「王府井(ワンフージン)」。古くからの北京の繁華街です。巨大は道幅の道路はすべて歩行者天国で、両脇にはこれも巨大な百貨店が立ち並びます。東京で言えば銀座のようなものでしょうか。観光客というよりは北京の地元民がちょっと優雅な休日を楽しみに来ている、という感じに見えました。海外高級ブランドの路面店もありますが、メインは百貨店といった感じ。その百貨店はそれぞれが途轍もなく建物が大きく、隙間なくビッチリと立ち並んでいます。中に入ると建物は案外古く、入っている店は外国のブランドが中心。上層階には高級めのレストランが入っているのは日本の百貨店と同じですね。気になったのは、全体的に「作り物っぽさ」を感じてしまったこと。「社会主義っぽい」とも言えるでしょうか。大きくて、厳かで、角張った建物が連続して、中には同じような店が入っているというところなどが。国家や、国内外の大資本の匂いしかしないんだなあ。

 

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王府井のシンボル、北京百貨大楼

2つ目は「前門」および「北京坊」。前門とは、紫禁城から天安門広場につづく直線の延長線上にある、最初の門のことであり、古今東西門前町と同じく繁華街となっています。「北京坊」は、前門の繁華街に隣接する、新たに整備中のおしゃれエリアとのこと。現在では核として無印良品が運営する「MUJI HOTEL」が開業中。周辺の路地も建物の高さやファサードを統一して、レトロでおしゃれな雰囲気を楽しめるエリアにしようとしているようです。

前門エリアは、一定のエリア内においてはかなり高密度の商業エリアであり、客層はほぼ観光客。日本でいうと大阪の新世界や、浅草の仲見世に近いです。しかし、区画が厳密に定められているのでしょうか、にぎやかな区画を道一本出ると、途端に閑散とした住宅地になっていたりする。ここでも何となく作られてる感を感じてしまう。

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前門から伸びる繁華街

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一歩入ると閑散

一方で、整備中の「北京坊」についてはまさに「作り物」であり、「作りかけ」でもありました。隣接する前門エリアの雑多な感じとは差別化を図り、落ち着いていて、レトロで、ちょっと上質なテナントを呼び込もうとしているようでした。

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北京坊の一角

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北京坊のMUJI HOTEL

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一歩入ると整備中

3つ目は「南鑼鼓巷(ナンローグーシャン)」。北京のレトロな町並みを生かして、新しい店舗が立ち並ぶ若者に人気の商店街。1999年頃にとある写真家がカフェを開いたことから、周辺に流行に敏感な人が集うショップやゲストハウスが形成されてきたとのこと。日本で例えるなら原宿と京都の木屋町通を合わせたような感じでしょうか。客層は国内外の若者。

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若者向けの店舗が軒を連ねる

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人通りは多い

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パテント的には疑念を拭えないものもある

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北京ダックのブリトー的なやつ

タピオカドリンクとか、Tシャツ屋とか、伝統的という革製品の店とかが並んでいて楽しい雰囲気です。海外旅行で一番困る、一人でサッと食べられるものもここでは充実していて、北京ダックを生地で巻いて食べやすくしたものは30元でしたが、とてもいいと思いました。(ちゃんとした北京ダックは基本一人では食べられない)

この街は住民の力により自然発生的に盛り上がったパターンの街であり、これまでの2つの街とは違う雰囲気を感じます。

 

以上の3つの街を見てきましたが、やはり感じたのは、「作り物っぽさ」「ハリボテ感」といった印象でした。おそらく、度重なる革命や戦争、現在の一党独裁下を通して、なかなか市民文化の醸成や、ボトムアップのまちづくりが行われてこなかったのではないでしょうか。政府公認の繁華街で、決められた商売をする、という時代が長らく続いてきたため、歴史と文化に裏打ちされた、人々の営みを感じられるような街が少ないように感じます。

一方で日本の街は、政府や自治体は最低限の都市計画はするものの、基本的には民間が市場原理と歴史に基づいて有機的に街が造られていきます。例えば、神田神保町古書店が多いのも、秋葉原に電子機器やアニメの店が多いのも、民間の営みの積み重ねで街の特色が形造られていくのだと思います。日本に年間800万人もの観光客が中国から来ているということの理由には、街と歴史と市民の有機的なつながりに魅力を感じている、ということがあるのかもしれない、と感じました。

そういう意味では、北京の南鑼鼓巷の町並みは有機的です。自然発生に街が造られた珍しい例ではないでしょうか。ぜひ、中国政府はこうした街の変化を受け入れて、ボトムアップの街づくりを推奨することで、都市の魅力は増すのではないでしょうか。

 

長くなったので、ここで一旦終わりにし、続きは別の記事にします。